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台湾新文化運動紀念館

  • 日付:2024-02-26
台湾新文化運動紀念館

台湾新文化運動紀念館の前身は日本統治時代の台北北警察署です。1933年に建設され、当時の台湾北部の経済の中心地だった大稲埕にあります。大稲埕は日本統治時代の末期、台湾の民主政治、社会運動の起源の地でもありました。台北北警察署には、政治理念を唱え、植民地政府に従わなかった台湾のエリート層が捕らえられて投獄されました。

 

台北北警察署は1945年以降、台北市警察局となりました。台北北警察署だった建物は98年、台北市に唯一残る30年代の警察署であり、歴史を見届けてきた価値があるとして、台北市の市定古跡に指定されました。特に屋内には、当時作られた拘置所や水牢が残っており、警察署という特殊な場所だということが分かります。日本統治時代の警察制度の運用を示す重要な文化財として、台北北警察署は当初、「警察博物館」として、日本統治時代の警察管理の様子や警察の役割の変遷を紹介する計画でした。しかし、当時の台北北警察署は民間の社会運動の取り締まりや言論思想の自由を制限してきた代表的な機関ということから、専門家や学者が再考し、この建物を人権や困難な歴史(difficult history)を伝える博物館にするべきだということになりました。

 

市政府は2006年、この建物を「台湾新文化運動紀念館」として位置付け。全体的に修復して設備を新たにし、台湾文化協会が起こした「新文化運動」の歴史的出来事や人物の精神を保存、広める場としました。

 

1920年代、台湾の知識人は中国の辛亥革命や世界でのナショナリズム、社会主義といった思想の影響を受けて、台湾人は永遠に参政権を奪われた被植民者であってはならないと実感し、非暴力的な方法で外からやって来た植民者による政治的取り締まりや知識封鎖に抵抗することを決意しました。こうしたことを背景に、林献堂や蒋渭水らの呼びかけで21年、「台湾文化協会(文協)」が設立されました。文協は、台湾文化を発揚し、本土意識を高めるため、新聞の発行、講演会や演劇の開催、映画上映などを行い、台湾新文化運動のムーブメントを巻き起こしました。

 

台湾新文化運動の波は、たくさんの台湾本土の芸術家を生み出しました。大稲埕からは特に多くの才能が輩出し、最も早く名の知れ渡った彫刻家である黄土水のほか、画家の郭雪湖、陳清汾、陳徳旺、洪瑞麟らがいます。