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現在と過去をつなぐ魔術師 | 歴史ノンフィクション作家の陳柔縉

  • 日付:2022-01-13
現在と過去をつなぐ魔術師 | 歴史ノンフィクション作家の陳柔縉

歴史ノンフィクション作家の陳柔縉は1964年、台湾中部・雲林に生まれました。台湾大学法律学科司法組を卒業し、大手紙、聯合報の政治記者や、週刊誌、新新聞の記者、コラムニストを務めた後、「情景と物語こそが歴史的興味の核心である」という一貫した思いを持って、歴史ノンフィクションの執筆に専念しました。新聞業界に入ったのは、学生だった当時、女性は外交官試験が受けられなかったため。進路を変更して、聯合報に履歴書を送ったところ、思いがけず執筆の仕事を始めることになりました。しかし、競争の激しい報道の第一線に数年身を置いた後、この仕事が自分の性格には合わないとはっきりし、新新聞に入社することをきっかけに、リアルタイムの取材から、リポートの執筆に活躍の場を移します。そして、この頃、日本統治時代の台湾に触れることになります。


陳柔縉の主な著作には、「総統的親戚」(1999)、「台湾西方文明初体験」(2005)、「宮前町九十番地」(邦題「国際広報官 張超英 台北・宮前町九十番地を出て」)(2006)、「人人身上都是一個時代」(邦題「日本統治時代の台湾 写真とエピソードで綴る1895~1945」)(2009)、「台湾幸福百事:你想不到的第一次」(2011)、「旧日時光」(2012)、「栄町少年走天下:羅福全回憶録」(邦題「台湾と日本のはざまを生きて 世界人、羅福全の回想」)(2013)、「広告表示:老牌子・時髦貨・推銷術、従日本時代広告看見台湾的摩登生活」(2015)、「一個木匠和他的台湾博覧会」(2018)などがあります。


最初の著作は、1993年出版の「私房政治―25位政治名人的政壇秘聞」でした。1999年には、過去の報道をまとめた「総統的親戚」を出版。これが陳柔縉の創作のターニングポイントとなる著作で、また、日本統治時代の台湾史の著述に力を注ぐきっかけにもなりました。こうした方向性は、一つは知的好奇心がもとになっており、あの時代の台湾の様子を明らかにしたいという思いによるものでした。もう一つは、陳柔縉が、台湾の過去に対しての知識格差が、今の時代の人の現代に対する理解を妨げると考えていたからです。陳柔縉の初の長編小説については、ぎこちなさなどはなく、今まで伝記や史料を手掛けてきたことが、余裕を持って小説に転向できた理由なのかもしれません。陳柔縉は以前、「今まで小説を書かなかったのは、自分が『時代』についてまだ、完全には捉え切れていないと思っていたからです。その後、手応えがあり、日本統治時代の世界にのめりこみました」と述べています。


2005年に出版した「台湾西方文明初体験」は、聯合報のノンフィクション部門十大好書を受賞したほか、優れた出版業界関係者に贈られる、行政院新聞局の金鼎奨(ゴールデン・トリポッド・アワード)も受賞しています。また、2006年には、12年にわたるインタビューと執筆の末に完成させた「宮前町九十番地」を出版。同書は、重要な活躍をした台湾の外交官である張超英の伝説的な一生を生き生きとした描写で読者の眼前に示し、有力紙、中国時報の書評欄が優良図書を表彰する開巻中国語部門十大好書を受賞しています。2009年出版の「人人身上都是一個時代」でも、金鼎奨のノンフィクション部門を受賞しています。2018年出版の「一個木匠和他的台湾博覧会」は、書評サイト、Openbook閲読誌が選出する年度好書奨の中国語創作部門を受賞しています。


陳柔縉はかつて、「気にも留めない日常の中に歴史を見ることが好きで、過去の報道を整理していると、いつも、その時代の先端を行く一般の人に興味をそそられます」と述べています。2020年に出版した初の時代小説「大港的女児」は、日本統治時代の高雄港が舞台で、近代台湾の百年の流転を描写し、高雄の少女がいかにして異国の空の下、異民族の支配下で、困難に打ち勝ち、自らの人生を生きるのかを描き出しています。陳柔縉は生前、歴史は教育の根本に立ち返るべきだと考えており、「歴史は一種の命の教育となれるかどうか、歴史から生死を学べるか」ということを大胆に問うべきだとしていました。


2021年10月15日夕方、陳柔縉は台北近郊の新北市淡水で自転車に乗っていたところ、配達のバイクに後方から追突されました。救急搬送されて、病院で懸命の治療が続けられたものの、10月18日に逝去。57歳でした。陳柔縉自身によると、90年代初期から歴史的人物のインタビューを始め、台湾の過去の出来事をたどり、物質文明を考証して、30年がたちました。陳柔縉の功績の中でも貴重なことは、こうした長きにわたるインタビューと考証の結果を分かりやすい著作にまとめたことです。これにより、こうした歴史や過去の出来事が、教科書や記録文書の中にだけ存在するのではなく、人々の日常生活のそばにあったということを示し、読者が、身の回りの台湾の文学や歴史に対して、より親しみを持って理解し、アイデンティティーを持つことにつながり、台湾の歴史と文化の推進、普及に大きな影響を及ぼしました。