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アニメーション監督 | 謝文明

  • 日付:2023-06-30
謝文明

 謝文明(Joe HSIEH)は1977年11月15日、台北生まれ。幼い頃から東洋、西洋の絵画技法とそれらが持つ哲学に興味を抱き、成長してからは美術クラスで工筆や水墨、書道、水彩、デッサンといった技法を習いました。子供の頃に好んだ映画のジャンルはスリラーやホラーが多く、後の作風にも影響しています。

 

 大学は国立台北芸術大学美術学科に進学し、油絵を専攻しました。その後、国立台南芸術大学大学院動画芸術・影像美学研究科(旧音像動画研究科)に進学。2年時には自主制作で奇想天外な作品「享楽花園(The Garden of Delights)」を完成させ、初の作品ながら、ドイツ・ベルリン国際短編映画祭、英ブラッドフォード国際アニメーション映画祭、スイス・ファントーシュ国際アニメーション映画祭にノミネートされ、国際的に名が知られました。3年時には、細かな絵のスタイルはそのままに、作風を華やかな雰囲気から、暗く落ち着いたものに転換。2008年に完成させた卒業制作の短編「肉蛾天(Meat Days)」は、釜山国際映画祭や広島国際アニメーションフェスティバルにノミネートされたほか、米サンディエゴ・アジア映画祭で最優秀短編アニメーション賞を受賞しました。また、「礼物(The Present)」が2012年、中華圏を代表する映画賞である金馬奨(ゴールデン・ホース・アワード)と、サンダンス映画祭にノミネート。サンディエゴ・アジア映画祭で再度、最優秀短編アニメーション賞を受賞しました。

 

 強烈なビジュアルの「夜車(Night Bus)」は、第57回金馬奨で最優秀短編アニメーション賞を受賞したほか、国際的な映画祭でアニメーション部門の賞を20以上受賞。この中には、クレルモンフェラン国際短編映画祭の審査員特別賞や、サンダンス映画祭の最優秀短編アニメーション賞などがあります。さらに、世界四大アニメーション映画祭の一つであるザグレブ国際アニメーション映画祭では最優秀短編作品賞(グランプリ)を受賞。これにより、2022年の米アカデミー賞への応募資格も獲得しました。また、同作品は、アニメーション界のアカデミー賞といわれるアニー賞にもノミネートされました。作中のセリフは中国語と台湾語が混在しています。謝文明はこれについて、台湾語独特の味わいが言語の壁を打ち破り、より台湾らしさを表現することができたと考えています。東洋の美学と考え方が、審査員の心を動かした鍵かもしれないといいます。

 

 謝文明の作品では、キャラクターが全て鉛筆で細部まで描かれています。謝文明は、「作品の美学として、緻密さは私が非常にこだわっているところです。『肉蛾天』の雑草1本にしても、『夜車』の猿の毛にしても、全てデッサンの質感を持たせたいと思いました」と述べています。

 

 謝文明は1980年以前の生まれですが、美学とタブーに対しては、80年代以降の生まれの後輩たちより大胆自由。謝文明のアニメーション三部作は開放的過ぎるとして、いずれも年齢制限の対象となっています。(海外の映画祭ではアダルトアニメーションに分類されることも)

 

 謝文明の作品は見事に人の本性の闇を探り、また、スリルある奇抜な作風も代表的です。謝文明は、日本のアニメーション作家で人形美術家でもあった川本喜八郎の影響を受けて、アニメでも実写版映画のように人の弱さを掘り下げることができ、人の闇の部分や愛憎を表現できると意識するようになったといいます。「肉蛾天」では、エンドクレジットに川本への敬意を表しており、謝文明は「これは敬意を示しただけではなく、創作の初心を忘れないための自身への注意喚起でもあります」と述べています。

 

 謝文明はまた、チェコの映画監督で芸術家でもあるヤン・シュヴァンクマイエルのシュルレアリスム(超現実主義)による叙事手法にも心酔しており、謝の作品からは東洋の古典絵画と西洋美学の融合による矛盾が分かりやすく見て取れます。「性」の境界に挑戦して、想像の限界を試した「享楽花園」から、女性の視点を物語の主体とした「肉蛾天」と「礼物」まで、性の悪と傍観できない苦痛に同情する…謝文明の創作テーマは善と悪の境界線をさまよいます。そして、偏執や羞恥は理にかなったことだと考え、孤独や破壊といった人の闇をたたえ、人に対する尊重と寛容を示して、この世代の道徳観を改めて定義するものとなっています。


写真:謝文明