台湾で肖像画といえば、必ず名前が挙がるのが国宝級の絵師である顔振発です。映画館の手描き大型看板から、イタリアのファッションブランド「グッチ(Gucci)」の巨大アートウォール、台北の繁華街・西門町に出現した英国のロックバンド「コールドプレイ」の宣伝壁画、2020年総統選挙時の蔡英文台南選挙事務所の看板など、全てこの顔振発の手によるものです。
顔振発は、現在の台南市下営区に生まれ、幼い頃から絵を描くのが好きでした。絵に対する熱意をみた家族は、顔振発を看板職人の陳峰永の弟子に送り出しました。弟子としての生活は厳しいものでしたが、顔振発は、必ず一人前になって独立すると決意し、真面目に打ち込む姿勢を貫きました。
1970年代は台湾映画界が隆盛を誇った時期で、顔振発は驚きのスピードで、1カ月に100から200枚もの手描き映画ポスターを制作。台南の映画館「全美戯院」の映画看板をずっと、制作から設置まで一手に引き受けてきました。
デジタルプリントされた映画ポスターが気に入れば、ポスターに倣って、巨大なファンタジー風の作品を描き上げ、ポスターが気に入らないものであれば、劇場の前列で映画を鑑賞し、自らのスタイルと映画のストーリーを融合させて創作。「違った形での映画に対する敬意の示し方」といいます。
顔振発は今まで、一人の映画スターとも会ったことはないものの、その筆で描き出した映画ポスターは、とうに数えきれない数になっています。
このデジタル出力、デジタルサイネージの時代にも、台南の全美戯院は台湾で唯一、現在も手描きの映画看板を採用している映画館で、顔振発は、世界でもわずかに残る手描き職人の一人なのです。
顔振発は今までに、海外メディアからの取材を数多く受けており、その作品も人々を驚嘆させてきました。2016年の映画「ズートピア」のポスターは、米国のソーシャルサイト「レディット」で話題になり、2018年のグッチのアートウォールでは、原画を担当したアーティストであるアレックス・メリーが称賛の文章を発表しています。
数年前、もう一人いた職人が、手描き映画看板の仕事を辞めたとき、顔振発は、台湾の手描き映画看板の伝統が、自分の視力の衰えとともに途絶えてしまうことになると気付き、ショックを受けます。そこで、手描き看板に携わって約50年、後継者育成をスタートして、この伝統工芸の命をつないでいます。
「手描き映画看板教室」は2013年に誕生し、瞬く間に人気となりました。数年で、延べ数百人が学び、中には日本や香港、シンガポールといった海外からの参加者もいます。
顔振発の生涯にわたる制作は、視力に大きな負担をかけていました。医師が何年も前に、顔振発の網膜がひどく傷ついていることに気付き、左目は助かったものの、右目はほぼ見えない状態になりました。それでも、顔振発は描き続けるつもりです。